女優で映画監督のナタリー・ドロンさんが死去されました。

79歳でした。

ナタリードロンが死去。死因は癌

2021年1月21日に、女優で監督のナタリー・ドロンさんが、がんのため死去しました。79歳でした。

息子で俳優のアントニー・ドロンさんは、

「母はけさ11時、家族と友人にみとられパリで亡くなった」

とAFPに明らかにしました。

そして、元旦那であるアランドロンさんも早急に追悼コメントを発表しました。

「とても悲しい。自分が愛した人が亡くなることは常に痛ましいものだ」

「僕らは常に連絡を取り合い、頻繁に会っていた。僕は彼女の人生の一部で、彼女は僕の人生の一部だった。クリスマスをまた共に過ごして、一緒に写真を撮った。最後の写真になった」

離婚しても、仲良しだったなんて素敵ですね!

強く美しく生きたナタリー・ドロンさんnの人生を振り返ってみたいともいます。

ナタリー・ドロンの経歴・プロフィール

本名 フランシーヌ・カノヴァ(Francine Canovas)
芸名 Nathalie Delon
生年月日 1941年8月1日
没年月日 2021年1月21日(79歳没)
出生地 モロッコ・ウジダ
死没地 パリ
国籍  フランス
身長 164cm
職業 女優(1967 - )、映画監督。
家族 アラン・ドロン(元夫)

アントニー・ドロン(息子)

ナタリー・ドロンの出演映画一覧

 

年度 邦題/原題 役名
1967 サムライ
Le samouraï
ジェーン・ラグランジュ
1968 個人教授
La leçon particulière
フレデリク
1969 姉妹
Le sorelle
ディアナ
1971 八点鐘が鳴るとき
When Eight Bells Toll
シャルロット
もういちど愛して
Doucement les basses
リタ
1972 フランコ・ネロとナタリー・ドロンのサタンの誘惑
Le moine
マティルド
青ひげ
Bluebeard
エリカ
1973 新・個人教授
Vous intéressez-vous à la chose?
リセ
1975 タンカー・ジャック
Docteur Justice
カリン
愛と哀しみのエリザベス
The Romantic Englishwoman
ミランダ
1976 暗闇のささやき
Un sussurro nel buio
カミーラ
華麗な関係
Une femme fidèle
フローラ
1979 星になった少年
Gli ultimi angeli
エリザベッタ

 

世界一の美女として呼ばれ人気俳優とラブロマンス

かつて「世界一の美女」の一人とも呼ばれた人気女優です。

私生活でもスキャンダラスな話題が多く、世界中の映画ファンで知らない人はいません。

アラン・ドロンさんと共演した1967年『サムライ(Le Samourai)』(ナタリーさんにとってはデビュー作)で恋仲になりましたが、当時アランさんは人気女優ロミー・シュナイダーさんと恋仲だったのに対して、新人女優の身分で大物女優の男を寝取った、誘惑したと話題になりました。

1964年8月に挙式、その後に夫婦でロスに移し同年に長男を出産。アラン・ドロンさんとの間には生まれた息子も俳優として活躍しています。(名前はアントニー・ドロン(Anthony Delon)です)

その後、アランさんの女癖の悪さで破局してしまいますが、別れた後も友人として仲良しだったそうです。

ナタリー・ドロンの若い頃の写真(全盛期はサムライ/個人教授)

今でも歴代の女優の美を競うアンケートで上位に入るナタリー・ドロン。

若い頃の美しさは圧倒的でありました。

フランス系美女の代名詞といえば、ナタリーさんだった時代もあります。

また、その美しさ当時全盛期だった女優のロミー・シュナイダーさんの彼氏、俳優・アランドロンさんを惚れさせてしまったというストーリーも、フランス女性を象徴する出来事でありました。

1967年「サムライ」ナタリー・ドロンの若い頃の美しい写真

ナタリーさんにとってのデビュー作です。

アランさんは殺し屋、ナタリーさんはコール役として出演という、色々と分かりやすい映画です。

翌年にアランさんと別居してしまうナタリーさんですが、前年に夫婦で互いに全盛期の映画を作っていたというから驚きです。

ナタリーさんにとっても、アランドロンさんにとっても全盛期の作品だったと思います。

1968年「個人教授」過去のナタリー・ドロンの画像

日本でナタリーさんの映画といえば、この「個人教授」ですね。高校生の少年が年上の女性に恋をするほろ苦いストーリーです。この作品でナタリーさんは演技は女優として評価されました。

私生活では旦那のアラン・ドロンと別居した時期です。その原因は、女優業継続を希望したナタリーに対してアランが反対したためです。

演技派として認められた作品だったということで、私生活では旦那さんにあまり構ってあげれなかったのかもしれませんね。

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