2017年に紅白出場を果たしたエレファントカシマシですが、2020年にはボーカルの宮本浩次さんがソロとしても紅白歌合戦に出場しました。

少し前まではおじさんおばさんか邦ロック好きの間でしか知られてなかったエレカシですが、今や誰もが知る大物バンドの仲間入りを果たしてます。

ボーカルの宮本浩次さんは「天才」と言われながらも、これまで脚光を浴びることがほとんどなく、存在を知った若者の間では「何者なんだ?」と好奇の目で見られています。

結婚はしてるのか?キャリア半ばまでどんな人生を歩んでいたのか?

実は、宮本浩次さんは過去住んでいた自宅を巡ると、なんとなく苦しかった時代や楽しかった時代が連想できるのです。

宮本浩次の現在の自宅は?第二の全盛期でスターの仲間入り!

もともと同業者からの支持が絶大でエレカシでしたが、興行的に大きく成功してたとは言い難かったです。

しかし、大きな箱でのツアーを成功させたり、多くのフェスのヘッドライナーを担当したり、バンドとしては長く成功されています。

宮本浩次さんはエレカシとして紅白に出場し、ソロとしても紅白に出場を果たしてますが、近年のメディアでの取り上げられ方は年々花高々になっており、メディア露出やCMも増えています。

現在の宮本浩次さんが住んでいる自宅は、過去一番広くて豪華だということが想像できます。

2019年には音楽雑誌「ロッキン」にて、自身のプライベートスタジオを公開していました。

仕事部屋としてスタジオを紹介していますが、広さにしたら10畳は余裕でありそうです。

宮本さんは家の中でもこのお部屋がお気に入りのようで、

ここ窓もなくて、それがすごくいいんですよね。閉鎖的で、けっこう集中できます。(中略)何もないと、基本的にはここにいて。曲を作るのが好きなんです

と語っています。

独身なので一軒家の豪邸を買ったとは考えづらいので、おそらく億ションクラスのマンションだと思われます。

おそらく、今の豪華な物件を手に入れたのは、紅白に出て第二の全盛期が始まった直後かと思われます。(経済的にそうとしか考えられないです)

少し前までは浦和に住んでいる疑惑があったほどだったので・・・・。

宮本浩次を電車で目撃できた日々。浦和が最寄りと言われ結婚を隠してるとまで

過去に宮本さんは、お金や財産の管理を任せれいた女性に、お金やポルシェを持ち逃げされたことがありました。

その後しばらく、宮本浩次さんの生活は、電車に乗るような生活になっていたそうです。

宮本さんは下積み時代から電車の中で本を読むのが好きだったので、むしろ歓迎だったのかもしれません。

しかし、その時期を境にファンなどが”電車で宮本さんを目撃した”と、目撃証言が多く出てしまったのです。

そして、当時住んでいた自宅の最寄り駅がバレしまったりしたとか。

一時期は宮本さんが埼玉の浦和に実は住んでるのではないか?と噂になっていました。

また、結婚を隠して地方に住んでいるというようなメチャクチャな憶測もありました。

しかしながら、当時の宮本さんは神奈川郊外の自然の魅力について語っていたりしたので、仮に浦和に家を買っててもおかしくはないですね。

ホントに充実した時間だったんですよね。湘南の海に行って、2時間、波に耳を向けているとか、近郊の山に登っていたら、鉄砲をポンポン撃っていて、なんでだろうと思ったらイノシシを撃ってるんですよね。イノシシが本当に歩いていて、その流れ弾に当たって死んだらどうしようとか思いながらその山を歩いたり。そういう自分だけの時間を作れたのはありがたかったですね。自分が生きてきた中で、いろんな転換点だったのかもしれないです。引用元:https://mantan-web.jp

結婚したら、広々とした読書スペースのある郊外に大きな家を買うのではないでしょうか?

宮本浩次は24歳から地元で実家の赤羽台団地内で一人暮らし

地元・東京都赤羽の団地で母親と24歳まで住んでいたエレファントカシマシの宮本浩次さん。

クレイジーなキャラではありますが、実は実家・家族が大好きという一面があります。

子供の頃から両親とも家にしっかりいたそうで、両親の愛情をいっぱいにもらっていたそうです。

現在でもインタビューで子供の頃や青春時代の話になるとお父さんとお母さんの話を頻繁にします

ちなみに赤羽台団地の宮本さんの実家の間取りは以下のようだったそうです。

宮本さんの部屋の広さは4畳半だったようです。

23歳の頃は年上の彼女と三軒茶屋で半同棲状態

生粋のバンドマンが何故24歳まで実家の狭い部屋に留まっていたのか、疑問に思う方もいるかもしれません。

が、実は大人になった後の宮本さんは、ほとんど実家の家に帰らず、女性の家に入り浸っていたそうです。

23歳の時、年上の彼女(3~4年付き合った)が三軒茶屋に住んでおり半同棲状態だったそうです。

女と実家の部屋を行き来する生活であれば、確かにわざわざひとり暮らしする必要もないですね。

当時の宮本さんの中では「実家」「彼女」「バンド」の三角関係が出来上がっていたそうです。

宮本浩次さんは25歳で母と暮らす赤羽団地を出てひとり暮らしを始めますが、その際に借りた部屋というのが、まさかの実家と同じ赤羽台団地だったのです!笑

宮本の初めてのひとり暮らしは実家と同じ赤羽台団地(家賃4万)

25歳で家を出た宮本浩次さんですが、最初に一人暮らしした場所は、実家と同じ赤羽台団地です!

実家は赤羽台団地の17号棟の409号室だったのですが、宮本さんが一人で移り住んだのは同じ団地の10号棟3階です。

広さは38平方メートルで家賃は38000〜40000円でした。

一時期はエレカシファンが聖地巡りとして赤羽台団地に来ることが多くあったそう。

めでたく実家の近くで一人暮らしを始めた宮本さんでしたが、失恋した際に何もしたくないぐらいにボロボロになってしまい、その時期はほとんど実家に行ってご飯の世話をしてもらってたみたいです。

宮本さんが実家の近くに住んだ当時の自分の生活を振り返っているインタビューがありましたが、

「多分、ご飯を食べに行けるから」(両親がいる団地で一人暮らしした理由について聞かれ)

「月に半分ぐらい、家に食べに帰ったんじゃねえかな」

と話されていました。

当時から細い足がトレードマークだった宮本さんですが、実家でのご飯は母がトンカツ、パスタ、ハンバーグとボリューミーなメニューを一気に出すというメニューを平らげていたそうです。

現在は食べ物に気をつけて太らないようにしてる宮本さんですが、若い頃はカロリーを無視しても太らない体質だったということですね。

ちなみにこの団地での一人暮らし時代は、メンバーやスタッフもよく遊びに来ていたそうです。古くてゴキブリが頻繁に出たみたいですが、スタッフの方は気にせずお風呂に入ったりしてたとか。

また、「今宵の月のように」がヒットしたばかりの時期もギリギリ住んでいたそうで、その当時は団地の前の公園にファンや女の子が常にタムロしていたそうです。

あの団地にロックスターとレーベルのスタッフがいて、大勢のファンがいるって奇妙な光景ですね。

宮本浩次が母親が大好きな理由

以前に別の記事でも触れましたが、宮本浩次さんは自身で”マザコン”を断言するほどに母のことを愛し信頼していました

初めての一人暮らしの場所を母が住む団地の近くにしたのも、大人になった後も関係が良好だったからこそです。

宮本さんを合唱団に入れて音楽を勧め、宮本さんが音楽を辞めたいと言った際にも引き止めてくれたのが母でありました。

青春期に宮本さんがバンド活動をしたいと言った際、父は反対でありましたが、母は喜んでくれて応援してくれたそうです。

生活の面だけでなく、ミュージシャンとしても恩師である母のことを嫌いになる理由なんてないですね!

宮本浩次の駒込の1DK家賃19万の高級マンション

宮本浩次さんは32歳の頃に、長年住み慣れた赤羽台団地から駒込の新築マンションに引っ越しされました。

エレカシの活動が軌道になった時期であるので、金銭的に余裕ができたから引っ越したのでしょうね。

駒込の公団マンションの6階に住み、広さは50㎡でした。家賃は19万と高級住宅街らしいお値段です。

生まれてずっと一緒だった母がいる赤羽台を離れたということで、実質、ここからが本当の宮本さんにとっての一人暮らしです。

しかし、実は駒込に引っ越した時期の宮本さんは、当時の恋人にずっとご飯を作ってもらっていたそうです。

宮本さんの生活は常に、母、彼女、母、彼女と母性に支えられていますね・・・笑。

それでも以前の団地と違って広くて綺麗なマンションを気に入り、宮本さんなりにもお掃除を頑張っていたそうです。

3コンロの性能が素晴らしく、大好きな野菜炒めもよく作り、この時期に購入した中華鍋はいまだに愛用してるとか。当時は彼女の前で鍋捌きを見せつけていたとか。

この駒込のマンションは1年ちょっとしか住まなかったそうです。

駒込の後は高輪のマンションに引っ越したそうです。

駒込から高輪の高級マンションに1年で引っ越し

実家・赤羽の団地から離れ、駒込のマンションに引っ越した宮本浩次さんでしたが、その1年後には高輪の高級マンションに引っ越しされました。

なんで僅か1年で引っ越ししてしまったのかは謎ですが、当時のエレカシは全盛期に近い状態だったので、知名度も収入も増え、生活が一変した時期でもありましたのでセキュリティや趣味の広がりが影響していたことでしょう。

宮本さんが高輪で借りた高級マンションはオートロックの3LDKで、広さは117㎡です。(以前住んでた駒込の倍以上の広さ)

家賃は当初予算20万程度で探していたそうですが、この物件は予算を大幅にオーバーしてしまったそうです。おそらく家賃30万前後とか?

このマンションには有名な政治家や芸能人も住んでいたそうで、宮本さんが「ハイグレード」と表現するほどに洒落てて素晴らしいマンションだったようです。

部屋の内装も風変わりで、部屋の真ん中にポルシェのボクスターが置けたそうです。

高輪以降も都内の高級マンションを転々

お気に入りであった高輪の高級マンションには1年ちょっと住んだそうです。

その後は都内の高級マンションを転々としていたみたいです。

宮本さんが34歳〜37歳の間に住んでいたマンションは、エレカシの「DEAD OR ALIVE」という曲のMVに登場してます。

ベッドの上でゆったりとタバコを吸い、切なげな宮本さん。

寒い印象のある寝室が曲のイメージにぴったりですね!

このマンションがどこの物件なのか、ファンの方で気になる方が多いみたいですがマンションの場所や名前は公表されていません。窓の外に木があるので高層マンションではないのは確かです。

「扉の向こう」で宮本が住んでた普通の庶民派マンション

エレファントカシマシのドキュメントフィルム「扉の向こう」は今でもファンの間で語り草になる作品です。(宮本さんが37歳の頃)

このフィルムの中の宮本さんは、当時のファンの想像を超える天才ぶりを発揮してます。

タバコで煙たいスタジオに籠り、キレて苦しむバンドの姿は異様でありました。

深夜4時までスタジオに缶詰、仕事が終わっても一人暮らしの部屋へと帰るだけという毎日の繰り返し

この当時住んでいた部屋での質素な暮らしぶりが、過去一番似合ってました。

この時期の宮本さんは音楽に集中するために自らの骨董品集めなどの趣味を抑え、さらには愛車も手放し(正しくは盗られた?)、ごく一般的なマンションも引っ越したという時期です。

荒々しく音楽にストイックに生きる姿が、多くのファンの心を打ちました。

音楽に集中するために普通のマンションに引っ越したというのは、良いデザインのマンションにいると”遊びたい”アドレナリンが出てしまうから?

もしくはスタジオの近くで住める家賃の物件がここだけだったとかですかね。

この少し前に、一緒に住んでいた女性にお金や資産の管理をして貰っていたのですが、その女性が宮本さんの車や骨董品とお金を持って消えてしまったそうです。宮本さんは自分が悪かったということで警察に届けは出してないみたいです。

金銭的に、仕事をしなきゃマズイ状況になり、早急にヒット作を作ろうと苦しんでいたのかもしれません。

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