Twitterのトレンドで織田無道さんの名前があるかと思えば、何やら亡くなったというような噂があります。

現時点ではニュースになっていませんが、深夜帯ということで裏が取れてないということでしょうか?

SNSなどでの織田無道さんの訃報関連の噂をまとめてみました。

目次

織田無道が死去?[訃報]Twitterやインスタ

織田無道さんの近所にお住まいの方が訃報連絡で織田さんが亡くなったこと知ってSNSに投稿したところ、すぐに拡散されたみたいです。

68歳の若さで亡くなったそうです。

自治会の訃報連絡でご近所に織田無道さんがいらっしゃったことを知りました。68歳ってまだ若いなぁ…。

織田無道の訃報でしんみりしている。やっぱ無道といえばカウンタックだよね…

織田無道さん亡くなったか…。だいぶ病気重かったらしいけど。 テレビに踊らされてたのか自ら踊ってたのかはわからないけど、波瀾万丈の人生でしたな…。お疲れさまでした。

織田無道の息子さんと寺で何度か遊んだ事がある。例のカウンタックはシートがかけられていた。

何、織田無道さん亡くなったか。南無阿弥陀仏

織田無道が亡くなったとの情報も流れてきてなんというか平成が終わってしまった感がすごいです

織田無道さんの娘さんが CLUB SKA来てましたね。

織田無道亡くなったらしい情報がちらほら・・

引用:Twitter

まだ公式の媒体からはニュースになっていませんが、誤報にしては信じてる方が多すぎるのでリアルですね。

ちなみに織田無道さんは最近ユーチューブチャンネルをはじめたばかりでした。

最後に投稿したのは2020年10月7日でした。

顔色も良いですし、元気そうに見えます。

今現在、織田無道は末期癌の病気で闘病生活していた

織田無道さんは2020年の6月の時点で末期癌であることを告白していました。

当時でステージ4で余命1年と仰っていました。

 

体重は30キロ落ちて痩せ細り、夜は全く寝れないそうです。

体調が悪く、普通に過ごせない状態でありました。

「長く座ったりしていると、脚が冷えて氷のようになってしまいます。すぐに疲れますが、夜にまったく眠れないんですよ。1日に2時間でも3時間でもいいから寝たい。1~2月は40度以上の高熱が出て、本当にキツかったんです。めまいがひどくて起きられなくなって、いよいよおしまいかなと思っていましたよ。食べ物も限定されて、体重も100キロあったのが、30キロ落ちて、今では70キロ。これからどうなるのかはわからないですね」

それでも70歳までは生きたいという希望は持っていたみたいです。

「私は仕事で葬式もたくさんやっていますし、死んだらどうなるかわかっていますから。人間はわからないことに対して恐怖心を抱くんです。私は坊主なので、自分の真意、本当の自分悟りを示したうえで人生の幕を閉じたいですね。できれば70歳まで生きたい。 “人類のために”とか大それたことを言える立場でもないですが、自分自身の答えを出したいですね」

仕事柄、亡くなった人間がどうなるか、たくさん見てきたということで、死への恐怖は一般的な人とは違ってるみたいです。

最後は悟りを示して人生を終えたいと仰っていましたが、その具体的な意味をもうちょっと知りたいですね。

寺の人なのにカウンタック(スポーツカー)愛車という破天荒

侶=禁欲のイメージもお構いなしであった織田無道さん。

柔道(豪四会館豪四流)2段で、空手3段。若い頃は世田谷区大会柔道青年の部で優勝したこともありました。

帝京大学卒業後に圓光禅寺(臨済宗建長寺派)の第49代住職になりましたが、現役時代から飲酒や女性に纏わるぶっ飛んだ発言が注目を浴びていました。

特にすごいのは小学校6年の頃から飲酒していたというエピソード、13歳で彼女と大人の関係になった逸話などですね。

僧侶としてのタブー破りな言動が多かったということで、賛否両論ある方でありました。

織田無道さんはカーマニアとしての一面も知られてます。

特に有名なのはランボルギーニ・カウンタック(ウォルター・ウルフ仕様)を愛車としていたことです。

バラエディ番組にも愛車で登場したことがありましたね!

当時、映画「蘇える金狼」で、松田優作さんが乗っていたことで知られて名車で、織田さんがその車を所有してることはカーマニアの間では衝撃的でした。

発売当初の価格でも都内に家が建つぐらいですが、プレミアがつく車なので億は超えてるとの話です。

カウンタックを愛車にしていたことに批判があった織田無道さんですが、お布施だけでは購入できるような車ではないので、主にメディアで稼いだギャラをメインに充当したものと思われます。

ちなみに全盛期の織田無道さんのテレビ出演のギャラは1000~2000万円だったそうです。

織田無道の宗派は建長寺派。霊能力はキャラ設定

未だに織田無道さんが本物の僧であったことを信じていない方がいるみたいです。

あれだけ喋りが達者で現代的な生き様を見せてたら仕方ないですね・・・。

織田無道さんは臨済宗建長寺派圓光禅寺の第49代住職でありました。

織田無道さんがいた圓光禅寺は神奈川県厚木市にある1200年の歴史を持つと言われる寺で、本尊には円光観世音菩薩(三十三観音のうちのひとつ)などが置かれているそうです。

円光寺
宗旨 臨済宗
宗派 建長寺派
本尊 観音菩薩
開山 玉山徳璇

織田無道さんの宗派は「建長寺派」ということになりますね。

ちなみにテレビで除霊みたいな演出をしていたことがありましたが、あれは偶然できたキャラ付けだったみたいです。

除霊はできない。当時はヤラセが当たり前

織田無道さんは当時のテレビがヤラセであったこと、除霊はできないことを堂々と仰ってます

「1980年代にお昼の番組に出たとき、お墓の撤去についての議論をしているうちに、呼んでもいない霊がカメラに映ってしまったんですよ。司会の宮尾すすむさんが“悪い霊が来てしまったらどうすればいいの?”と聞いてきたのですが、私の宗派にお祓いはないから、“それは気合です”とアニマル浜口さんみたいなことを口走ってしまった(笑)。その場で霊との闘いが始まって、それが全国に放送され、住職ではなくて“除霊をする人間”になってしまった。それから、“ここを除霊してくれ”という依頼がたくさん来たんですよ。私はまだ30代で若かったし、頼まれたら断れない性分だった」

織田無道さんが別目的で出演していた番組の中で、たまたま霊が映り、うっかりそれらしいことを口走ってしまったことが原因で、テレビマンに「これは面白い」とピエロにされてしまったみたいです。

一般的に織田無道さんが霊能者として認知されれていましたが、実はこれはただの貰い事故だったということですね。

「テレビを何百本もやっているとヤラセが出てくる。ある深夜番組で“あの木の下にこういう霊がいることにしましょう”と言われたことがあります。司会者から“織田さん、すごいですね。霊は本当にいるんですね”なんてふられて困りました。当時のテレビはヤラセだらけ。クイズ番組なんかはひどくて、最初から解答が渡されていたんです」

引用:Yahoo!ニュース

それでも織田さんはタレント稼業を割り切って仕事していたみたいです。

ただ、あれから何年も経った今になって、これだけ暴露するのはすごいですね。

ちなみにバブル当時のテレビ出演は1で1000~2000万円だったそうです。

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