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日系アメリカ人のルーツを広めようと努めていたアイリーン・ヒラノ・イノウエさん(米日カウンシル会長、元全米日系人博物館長)。

そんな彼女が4月7日に病気のため死去されました。

まだ71歳でした。

アイリーン・ヒラノ・イノウエ死去

アイリーン・ヒラノ・イノウエさんは米ロサンゼルス出身の日系3世でした。

これまでに日系人の米国での歩みや、第2次世界大戦中に強制収容された歴史を伝えようと、1992年に開館した「全米日系人博物館」の館長を20年間にわたって務めました。

2008年には日米の交流促進を目指す米日カウンシルを創設し、会長に就任されました。

2020年の今年1月には、年内で退任する意向を明らかにしていた。もしかしたら、今年に入ってから仕事ができないほどに健康面に問題を抱えていたのかもしれません。

アイリーン・ヒラノ・イノウエさんは日本の政財界とも広く交流し、たびたび来日していまた。

私生活では2008年に、米国の重鎮上院議員だったダニエル・イノウエ氏(民主党、ハワイ州選出、12年死去)と結婚し日本でも話題になりました。

アメリカには多くの日系アメリカ人がいますが、なぜアイリーン・ヒラノ・イノウエさんは日米のルーツを示すために活動を続けていたのでしょうか?

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なぜイノウエさんは日米友好のために頑張っていたのか?

もともとイノウエさんは日系アメリカ人の3世であることは有名ですね。

しかし、だからと言って、なぜ彼女は日米の友好のために熱心に働いたのでしょうか?

私は日系アメリカ人3世として、自分のルーツを誇りに思っています。父方の祖父は福岡出身で、南カリフォルニアに移住しました。母は日本生まれですから、親族は日本にいます。私の友人を含め、3世の多くは日本人の祖先のことを知らないし、私ほど日本に親しみを感じていません。全米日系人博物館の仕事を始めて、さまざまな日系3世、4世と出会い、私は彼らとは違う体験をしてきたのだと気づきました。ですから、日系アメリカ人が日本と再びつながるための機会を提供することは、個人的なレベルにとどまらず、日系人コミュニティーと日系アメリカ人の将来にとって重要であり、私の役目だと感じました。日系人が自分のルーツに親しみを持てないということは、日米関係に悪い意味で跳ね返ってくるからです。

日系アメリカ人が自分のルーツに気づかないことに対して、疑問を持ったのが始まりのようですね。

何もわからず、アジア系の顔立ちに生まれたことをコンプレックスにしてる日系アメリカ人も多くいるので、彼らの劣等感を取り払う意味で、イノウエさんの活動は重要だったと思えます。

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アイリーン・ヒラノ・イノウエの経歴・プロフィール

職業:米日カウンシル(U.S.-Japan Council)会長

国籍:アメリカ

誕生日:1948年(カリフォルニア州ロングビーチ生まれガーデナ育ち)

家族:福岡出身の二世の父(太平洋戦争前から米国陸軍に属)と、日本人の母の間に生まれた日系三世。

子供時代:3歳の頃には母方の祖母の日本の家で数カ月過ごすなど、非常に日本と近しい環境で子ども時代を送りました。

大学:南カルフォルニア大学卒業

経歴:1988年から2009年にわたって、全米日系人博物館の初代館長を務める。

1992年5月同館オープンに伴い館長に就任。米国博物館協会及びスミソニアン全米歴史博物館理事も務める。

1992年11月全米日系人博物館本館建設のための募金呼びかけで来日。

2000年11月沖縄県からハワイへの移民100周年を記念した日本巡回展を企画.

2004年日系米国人と日本政府との交流の事務局に指名。

2005年に世界中の日系人の歴史や記録を集めるウェブサイト“ディスカバー・ニッケイ”を立ち上げる。

2008年、故ダニエル・イノウエ上院議員と結婚。同年に米日カウンシルを設立。

東日本大震災後、日米両政府と「TOMODACHI イニシアチブ」を立ち上げた。

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