人気ユニット「ゆず」のリーダー・北川悠仁さん。

かつては長く独身を貫いていましたが、2011年に人気アナウンサーの高島彩さんと結婚を発表しました。

結婚当時にして34歳でした。

北川さんが結婚しる手前、ゆずの相方も結婚したとして、その年は女性ファンを大勢泣かせました。

北川悠仁さんは高島彩さんと結婚して10年以上の月日が流れてますが、2人の子宝に恵まれ、夫婦仲は良好です。

真面目な二人の結婚ということで、当時から長く幸せが続くと祝福されていましたが、実際にその通りになりました。

ただ、過去に一回だけ、嫁姑問題を週刊誌に突っ込まれたことがあります。

離婚とは無縁の北川悠仁と高島彩。過去に嫁姑問題が取り沙汰される

2011年に入籍した北川悠仁さんと高島彩さん。

結婚当初は高島さんも人気絶頂だったということで、世間では大きな話題となっていました。

2014年に第一子の長女が生まれ、2016年には第二子の次女が誕生してます。

表立ってラブラブだという報道もありませんが、逆に悪い報道もなく、二人の夫婦仲は健全なイメージであります。

しかし、2019年には嫁・高島彩さんと、北川さんの母・慈恵さんの間に、嫁姑問題があったと週刊誌に報じられました。

嫁と姑で揉めた問題は、ズバリ”子供の教育方針”です。

北川さんの母・慈恵さんは”ある団体”を率いる、尊敬に値’する素晴らしい方であります。

それ故に、結婚する前から後まで、高島彩さんは姑の言うことに対して素直だったそうです。

が、子供の受験を控えて意見が割れてしまったそうです。

”カトリック系の進学校に通わせたい”高島彩と”自然に育って欲しい”北川悠仁の母

高島彩さんといえば、子供の頃から有名な枝光会幼稚園にお受験で入ったとして知られます。

高嶋さんの子供時代は、小学校からずっと私立。それがあったから今の自分があると親に感謝しているのです。

そして、そんな高島さんが自分の子供にお受験を望むのは自然なことであります。

高島彩さんは自分の子供には小中高一貫教育のカトリック系の女子校を受験して欲しいと希望しているのです。

その学校は東大をはじめ難関大学の合格者を多数出している有名進学校で、まさに高島彩さんが進んだ道と同じであります。

一方の北川悠仁さんの母親の慈恵さんは、「子供は自然に育つべき」という持論を持っており、孫のお受験に否定的だったのです。

慈恵さんは北川悠仁さんという、日本を代表する天才ミュージシャンを育てた実績があるので、この考え方は一理あります。

そして、慈恵さんの立場上、孫がカトリック系の学校に通うのは面白くないのも当然ですね。

北川悠仁は嫁と姑の板挟みに疲れて痩せた?←ただの年齢やダイエット

素晴らしい母と嫁に恵まれて幸せな北川さんですが、家に正しい人が2人もいると、板挟みになって大変そうです。

子供の進路の話も、どちらの話も正しいので、どちら側に付くことも難しそうです。

実は北川さんが40歳手前から痩せたとの声が多く、この嫁姑問題がネタになった際には、家での疲労が激痩せにつながってるのではないか?との声も出ました。

これに関しては、単純に北川さんの年齢や、仕事の多さ、本人のプロ意識でのダイエットなどが理由だと思うので、流石に考えすぎだと思います。

それに北川さんもずっと安定して痩せてるとかではないので、精神的なことは関係ないと思います。

北川悠仁と高島彩の結婚式は身曾岐(みそぎ)神社。山梨での挙式は母の影響?

高嶋さんと姑の問題が週刊誌に載ると、かつての二人の結婚式に対してもある疑惑が出ました。

北川悠仁さんと高島彩さんが挙式したのは、教会ではなく、山梨県にある”身曾岐(みそぎ)神社”です。

当時は女優の沢尻エリカさんなども神社で挙式をしており、ただのトレンドだっただけだと思われました。

しかし、高島彩さんが娘をカトリック系の学校に進学させたがっている報道を聞いてると、実は挙式も教会の方が良かったのではないか?と、結婚式場も母親の影響があったとの憶測が出たのです。

二人の挙式に関しては、翌年の披露宴を含めて報道陣はショットアウトされてるので、詳細は不明です。

北川悠仁の母・慈恵さんは高島彩の仕事復帰や衣装にも苦言?

実は北川さんの母の慈恵さんは、結婚後は高島彩さんが家庭に入ることを望んでいたそうです。

しかし、高島彩さんは出産後に仕事を復帰を果たし、レギュラーの仕事も獲得してます。

この点についても、嫁と姑で意見が割れていたのではないか?と言われてます。

さらには、慈恵さんは高島彩さんの衣装のスカートの丈が短いと、そのことについても苦言をしていていたそうです。

ほとんどが週刊誌やネットの噂なのでアテになりませんが、このことが事実ならば、子供の進路の問題が出る以前から、嫁と姑の関係は良くないと言うことが分かりますね。

母親が入籍時期や出産時期まで言及していた説はガセ?

高島彩さんと北川さんが結婚したのは2011年のことですが、交際がスタートしたのは2006年です。

当時から交際の噂もあり、結婚秒読みだと言われていました。

しかし、2人は一向に結婚する気配もなく、一部では事実婚という形を目指すのではないか?など言われていました。

2011年に正式に結婚したことが発表されると、多くのファンが「おそっ」という反応でした。

なぜ、結婚するのに5年も月日を費やしたのか・・・。

交際当時の北川さんは30歳手前で、結婚したのは34歳という時期です。

週刊誌で嫁姑問題が書かれた後に、今となってみれば・・・という流れ、この結婚時期も母親の要望で大幅に遅れたのではないか?との説も出ました。

又、第一子が誕生するのにも3年という月日を要しているので、子供の誕生時期も、母親の影響ではないか?との説もありました。

実際には母親の影響は関係ないみたいですが、週刊誌で母親と高島さんの関係が書かれて以来、さまざまな定説が飛び交いました。

高島彩と北川悠仁の出会いは「めざましどようび」での共演。誠実な馴れ初め

北川悠仁さんと高島彩さんの出会いは、2005年に共演した「めざましどようび」です。

当時、ゆずが同番組の主題歌を担当したとして、ゲストで出演。そこで2人は初対面を果たしたのです。

そこで連絡先の交換などには至らなかったですが、のちに共通の知人を介して再会しました。

ふたりの交際が正式に始まったのは初対面から1年後の2006年です。

結婚前の交際期間中も、お互いの親を交えての食事をするなど、結婚を見据えた誠実なお付き合いだったそうです。

北川の父の高い。高島のフリー転身。お互いに支え合った

親と一緒に食事するほどに健全なお付き合いをしていた2人。

2人の信頼関係が深まる代表的な出来事が2つあったそうです。

一つ目は2008年に北川さんが最愛の父を亡くしたときです。

この頃の北川さんの落ち込みようはファンから見てても露骨で、大変辛そうでした。

この苦しい時期でも、しっかりと活動ができたのは高島彩さんの支えがあったからだとされてます。

二つ目は高島さんが2011年にフリーに転身したときです。

フジのエースアナウンサーとして将来が約束されていた高島さんですが、フリーになるには多くの不安があったそうです。

北川さんが将来的にも高島さんを支えてくれるという覚悟があったからこそ、フリー転身が実現したとされています。

今の高島さんの仕事があるのは、本人の努力に加えて北川さんの支えがあったからでしょうね。

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