小林武史さんといえば音楽プロデューサーの立場から、歴代多くの名曲に携わってきた方です。

自身のユニットの成功もすごいですが、関わった楽曲もすごいです。

そんな小林武史さんの関わってきたアーティストの中で一番色が濃いのは、ミスチル及び桜井和寿さんです。

2人はミスチルだけでなく、その他のプロジェクトでも功績をあげた名コンビであります。

昨今では桜井和寿さんと宮本浩次さんのコラボ曲「東京協奏曲」を作詞作曲されたことで話題になり、相変わらずの名コンビぶりを発揮していました。

実はこのふたり、少し前までは不仲説が出るほどに共同作業や共演から遠ざかってた時期があったのです。当時は仲間割れしたとして2度と揃って表舞台には出ないと言われていましたが、どうやらそれは勘違いだったようです。

なぜ、かつて桜井和寿さんと小林武史さんに不仲説が出たのか?

そして不仲だったことが本当だとしたら、どこで和解をしたのか?

今となって噂の理由と成り行きを振り返ってみると、本人らよりも周りが騒ぎ立てただけの一時の都市伝説のように感じます。

桜井和寿と小林武史に不仲説が出た理由は?お金や独立心の問題?

小林武史さんがミスチルと初めて出会ったのは1991年の頃でした。

当時のミスチルはネガティブで暗い雰囲気が勝っていて、技術的にも未熟だったそうです。

ただ、真っ白なバンドのサクセスに携わりたいという理由で、ミスチルに魅力を感じ、その後に長くプロデューサーとして作曲作業に関わりました。

小林武史さんもキーボードとしてステージに立ち、演奏面でもミスチルを支え続けました。

しかし、2014年にMr.Childrenが小林さんの事務所を退社し、個人事務所を設立すると、その時期からしばらく共同作業もステージでの共演もなくなってしまいました。

多くは「ミスチルが小林武史から卒業した」と読み取っていましたが、中には「喧嘩した」「不仲になった」との説もありました。

挙げ句の果てに週刊誌に不仲になってしまった理由との内容の記事が出て、一般的にも2人が仲違いしたような印象を与えました。

ミスチルは小林武史に頼るのを嫌がった?独立したバンドを目指し卒業したかった

長く小林さんと共にキャリアを歩んだミスチルですが、小林さんの手腕の恩恵がほとんどという声や、結局桜井和寿さんが天才だからプロデューサーが誰でも一緒というような、極端な意見がありました。

2014年に個人事務所に居場所を移し、当時にして約2年半ぶりとなるシングル「足音 ~Be Strong」をリリースすると、長年クレジットされていた“Produced By Mr.Children&小林武史”の表記から、「Written By Kazutoshi Sakurai Produced By Mr.Children」に変わり、小林さんの名前が消え、変わりに桜井和寿さんの名前が入りました。

ちなみに過去にもミスチルに小林さんに頼りたくない時期が存在し、「DISCOVERY」「Q」というアルバムを作りました。その当時でも表記には小林さんの名前がクレジットされていたのです。

つまり、事務所を変えた1発目のシングル「足音」は、自我共に認める完全セルフプロデュース作品となったのです。

インタビューやファンクラブ会報でも、自分らで作りたい気持ちがずっとあったことが感じ取れるコメントを出していました。

曲の歌詞からも、強い独立心を主張するような表現があり、自分らの足で前に進みたいという気持ちが全面に出ていました。

ちなみにこのシングルは92年から続いていた連続1位記録を止めてしまう結果となりました。

独立したこと、曲の歌詞の内容とコメント、売り行きの結果を巡って、互いのブライドの中でわかだまりができたのではないか?との説が生まれたのです。

[週刊誌]小林武史がミスチルの利益で農業の赤字を賄っていた説

独立するまでミスチルは小林さんが代表取締役を務める事務所の所属でありました。

小林さんは無農薬の野菜に関連する会社を設立し、その後に千葉県木更津で農業の事業を立ち上げました。

週刊誌の記事のよると、小林さんは農業で出した赤字を、ミスチルの収益の一部で勝手に賄っていたとのことです。

これが仮に事実だとしたらメンバーに訴えられても良いぐらい酷いです。

しかし、ここに関しては争っていませんし、小林さんと関連会社の方はこの報道を全面的に否定してます。

桜井和寿と小林武史の不仲説が事実だとしたら和解はいつだったのか?

2014年に独立したからしばらくの間、小林さんとミスチル及び桜井和寿さんは一緒に仕事をしてませんでした。

セルフプロデュースを始めたこと、週刊誌の記事から両サイドの溝は深いと思われてました。

しかし、2016年頃に2人はユニットから新曲をリリースし、その説をひと蹴りします。

もともとインタビューなどでも名前を出し合ったりしていたとのことで、そもそも不仲説は周囲が思ってるほど複雑ではなかったことが伺えます

2017年には小林武史さんと桜井和寿さんでReborn-Art Sessionを結成しましたし、ステージでも共演しています。

現在でもコンスタントに共同作業をしているという点で、わかだまりはないとされてます。

小林武史がモンブラン国際文化賞を受賞しスピーチで桜井和寿の名前を出して感謝

 

2017年に小林さんは芸術や文化の分野で若い才能を支援・育成した人物を表彰する「モンブラン国際文化賞」という名誉な賞を受賞しました。

育ての賞ということで受賞された小林さんですが、その授賞式のスピーチで「忘れてはいけない、Mr.Childrenの桜井くん。Mr.Childrenのメンバーがap bankの活動をずっと一緒にやってきてくれた。彼らが、特に桜井くんがいなければ、この賞には至らなかった。改めて、個人的にお礼を言いたい」と発言し、ファンを感動されました。

独立して以降、確執が長く噂されていた時期だっただけに、多くのファンがほっとし感動したスピーチでありました。

桜井和寿と小林武史のライブ定番曲(セトリ参考)

これまでにプロジェクトやユニットで単独で共演してきた桜井和寿さんと小林さん。

基本的には2人が基礎となって作られたBank Bandとしての「 to U」「Message」は定番曲です。

普段ミスチルでは聴けない名曲も含まれるという意味で、数年に何回もない単独での共演は貴重なのです。

2019年に実施されたReborn-Art Festivalでのセトリを参考にしてみます。

1:くるみ

2:sign

3:ラララ

4:ロードムービー

5:Candy

6:花の匂い

7:tomorrow never knows

8:HERO

9:Message

10: to U

ミスチルの名曲を独自の雰囲気で演奏してくれるので、これがまた良いのです。

これから、毎年のように2人の共演が観れたらファンは幸せですね!

おすすめの記事