日本音楽シーンで長くトップを走っている矢沢永吉さん。

1970年からソロとして活躍し、長いキャリアの中で、公私共にさまざまスキャンダルがありました。

私生活のゴシップで有名なのが、周辺スタッフから投資詐欺に遭い、35億の借金を背負ってしまったことですね。

その35億の巨額の借金のインパクトが強すぎるせいか、その他の私生活のスキャンダルを忘れてる方も多いみたいです。

矢沢永吉さんは1972年に一般人の女性・すみ子さんと結婚しますが、その後の不倫が発覚し、1989年に離婚。そして1990年に不倫相手・マリアさんと再婚と、ザ・ロックスターな人生を歩んでいます。

矢沢永吉さんの子供は歌手の矢沢マリアさんが有名ですが、実は他に5人います。

前の嫁・すみ子との間に3人と、今の嫁のマリアさんとの間に3人です。

今日は矢沢永吉さんの子供についてまとめて書いてみたいと思います。

目次

矢沢永吉と元嫁・すみ子の子供。長男・栄一郎/次男・寛十郎/長女・綾子

矢沢永吉さんは1972年に出会った一般の女性・すみ子さんと同年に結婚しました。

結婚してすぐに長男の栄一郎が誕生し、その後に1年か2年のペースで次男の寛十郎と長女の綾子さんが誕生しています。

矢沢永吉さんはその後に不倫して離婚してしまいますが、今となってはそのことを後悔してるそうです。

新婚で嫁さんと川崎の小さなアパートで暮らしてた時代が、人生の中で最も幸せだったそうです。

「できれば、ぼくは何度も何度も戻りたいと思った。 いま振り返ったら、まだ川崎に住んでいたとき、 すごい人間らしさがあったねキャロルをつくる前に女房とふたりで アパートに住んでいてね。どさんこラーメンに行くのが 唯一の楽しみで…それで浮島というところが川崎にあってね そこへ二人でボンゴに乗って夜景を見に行って帰ってくる。 その時に長男がお腹に入っていたね。あの時代…。 この前も女房と話してたんですけど、あの時代が結婚して 最高の時だったね。悲しい話だけど…。」

矢沢さんはすみ子さんと離婚してしまった理由を「愛がなくなったから」と話していましたが、家庭と引き換えにソロとしての成功があったようなものなので、ファンとして複雑な実話ですね。

矢沢さんとはすみ子さんと別れる前から、不倫相手との間に娘が生まれたりやりたい放題やっていたので、慰謝料の4000万から6000万と膨大でした。

家庭を捨ててしまった矢沢永吉さんですが、離婚した後も、元嫁と子供との関わりを完全に絶ったわけではありませんでした。

矢沢永吉の関連会社に勤務。歯科医になった噂も。長男・栄一郎/次男・寛十郎/長女・綾子の現在

矢沢永吉さんはすみ子さんと離婚し、翌年にマリアさんと再婚しましたが、自身の書籍の最後にすみ子さんとの間に生まれた3人の子供の名前を「捧げる」という表現で書いていました。

離婚後もすみ子さんを自分の会社の役員に置くなどして、長男か次男のどちらかもライブ映像の会社に就職させていました。

また、長女の綾子さんは歯科医になった噂があったほどに、しっかりと教養を学び、明るい未来を歩みました。

ちなみに長女の綾子さんは矢沢さんにとって初めての女の子の子供だったということで、相当に嬉しかったみたいです。

「長男の栄一郎、次男の寛十郎の時も嬉しかった。でも、娘って聞いた時、異常に嬉しかった。何でだろう?娘抱いてさ、俺、いったよ。『お前は今日から矢沢家の一員だ』って」

家族として一緒に過ごせた時間は短かったですが、離婚した後も気にかけ立派な社会人になるまで矢沢さんなりに支えていたとされます。

今嫁マリアとの間の子供。洋子、優輔、大輔。歌手デビューと慶應や早稲田を卒業し大手に就職?

矢沢永吉さんはすみ子さんと離婚したのは1989年でした、不倫相手だったマリアさんとの第一子・洋子が誕生したのは1985年と、正式に入籍してない時期です。

当時の矢沢さんは長年の不倫別居や、巨額な借金などで好奇の目で見られることが多くありました。

子供たちはアメリカと日本を行き来するような生活を余儀なくされましたが、長女の洋子さんはそんなお父さんのことを嫌だと思ったことは一度もなかったそうです。

矢沢さんは洋子さんが生まれた時はアメリカにおり、これから待ち受けるであろうバッシングや裁判に恐怖し、逃げたいぐらいの気持ちだったそうです。

しかし、日本に帰っていざ生まれたばかりの洋子さんを抱っこした際には、この子を絶対に「矢沢の苗字にする」と心に決めたそうです。

1990年にマリアさんと再婚した際に、ようやく洋子さんの苗字は「矢沢」となりました。

その後に2人の男の子が誕生してますが、生まれた年度の詳細は不明です。

現在までの芸能活動などもしておらず、公式な書籍に名前も登場していないので、長男も次男も憶測の名前がネットに出てるぐらいで信憑性がありません。

ちなみにネットに出てる怪しい噂の名前は長男が「優輔」で次男が「大輔」です。

また、二人のどちらかが障害を持っているという、かなり失礼な噂もあります。

長女の洋子は歌手。マリアの長男と次男は慶應や早稲田を出て大手に就職しエリート?

矢沢永吉さんとマリアさんとの間の子供の現在ですが、長女の洋子さんが歌手として活躍されているのは有名ですね。

長女は上智大学を卒業してエリートでありますが、長男と次男も慶應や早稲田のような偏差値の高い大学を卒業したとの噂があります。

マリアさんと再婚した後の矢沢さんは、巨額の借金を返すために、多忙な日々を過ごしました。

父親として家で活躍していたのか?と疑問に思いますが、洋子さんが明かす幼少期のや学生時代の思い出を聞いてる限りは、矢沢さんなりに一生懸命に育児に参加していたことが分かります。

休日は自転車の乗り方を教えてもらったり、かっこいいクルマや船に乗せてもらったりしていましたね。

休みの日に自転車を教えるという普通の父親らしいこともしてますし、車で子供の送迎もしていたそうです。

私が12歳のときに一家でアメリカのロサンゼルスに引っ越したんですけど、アメリカってクルマがないと生活ができないんですよ。だから、父が学校までクルマで送ってくれることもありました。

しかし、その代わりに礼儀などには凄まじく厳しかったそうです。

矢沢永吉の娘という看板がついている限り、どこで誰に見られているかもわからない。だから、基本的な礼儀や挨拶にはすごく厳しかったと思います。

子供の頃は小遣いを5000円に決め、なんでも買ってあげるようなことはしなかったと。そして学生時代にはアルバイトも経験させたそうです。

洋子さんは飲食店や電話の留守番などのバイトをしていたそうですが、心配した父が店に来たり、電話をしてきたりしたこともあったそうです。

しっかりと子供の成長も見届けたという点、矢沢さん本人が幼少期に味わったような寂しい思いをさせずに済んだということです。

もともと、すみ子さんその新婚生活や、すみ子さんとの子供が生まれたばかりの時期は、ちゃんと家に帰り仕事を持ち込まない良い父親だったわけですから、矢沢さんの家族に対する努力は本物だったということです。

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