日本を代表するギタリストの布袋寅泰さんですが、実は現在の嫁の今井美樹さんとは再婚

今井美樹さんとは2度目の結婚で、二人目の妻なのです。

布袋寅泰さんの最初の結婚は1985年で、相手は4歳年上の当時人気女性ロックシンガーだった山下久美子さんでした。

なぜ、布袋寅泰さんは山下久美子さんと離婚してしまったのか。

そして、今井美樹さんとの馴れ初めはどんな感じだったのか?

今日は布袋さんと山下さんの馴れ初めと結婚生活、今井美樹さんとの不倫について書いてみたいと思います。

また、今井さんの略奪婚後の山下久美子さんの現在についても書いてみたいと思います。

目次

山下久美子と布袋寅泰の格差結婚。馴れ初めは無名のサポート

布袋寅泰さんの初婚の相手は「学園祭の女王」「総立ちの久美子」と呼ばれていた山下久美子さん。

名前 山下久美子
出身地 大分県別府市
身長 166センチ
血液型 O型
最終学歴 別府大学附属高等学校中退

出会った当時、山下久美子さんが売れっ子ロックシンガーで、布袋寅泰さんは無名のギタリストでありました。

馴れ初めは山下久美子さんの1985年のアルバム『BLONDE』に、布袋寅泰さんがサポートギターとして関わることになったことです。

初対面の様子は山下久美子さんの自伝でも書かれています。

当時の布袋さんは高身長にピンクと黒のチェックのスーツ、逆立った髪型とインパクト抜群だったそうです。

一緒にスタジオで過ごしてるうちに、会話は少なくても、音で通じ合えて好きになったそうです。

「すっげえいいんだよっ、ぜひ聴いてみて」そして、硝子の向こうで彼が最初の音を出した、その瞬間、私は恋に落ちたのだと思う。すごいっ、なんて音なのっ!

彼のギターには、瞬時に人の心を鷲づかみするかのような、とてつもない情熱があった。 どこかに怒りを含んでいるかのような、哀しみを知るような、それまでに遭ったことのない音だった。

私だけではなく、居合わせたスタッフ全員が色めきたった。やがて、椅子に腰かけ、何やら弾きづらそうにしていた彼が突然、ガッと立ち上がって弾き始めたときには、スタジオ内 が騒然となってしまった。まるでライヴの会場のように。スタジオの中で立って弾くとい う技をやってのけたのは、たぶん後にも先にも彼ぐらいなものだろう。

ついに私は見つけたと思った。欲しかった音を。人を。私のロックン·ロールを。

山下久美子さんは、

それからリズム録りを終える約二週間ほどの毎日を、彼とスタジオで過ごした。仮歌を入れるためにブースで隣り合わせたとき、姿は見えないけれど、私たちはすでに互いに惹かれ合っていると、感じた。」

と、片思いだけでなく、布袋さんも自分の歌唱を通じて愛してくれてる感じたそうです。

山下久美さんは布袋さんのギターと自分の歌が触発し合い溶け合い、心と声が一致しているとして、久しぶりの興奮だと、布袋さんに一気にのめり込みました。

素の自分を取り戻せたというぐらいに、すぐに布袋さんに心を許せるようになったそうです。

周囲も公認のお似合いのカップルとなり、代官山の山下さんのマンションで同棲生活がスタート

二人が結婚まで辿り着くまで、そう時間は掛かりませんでした。

布袋寅泰と山下久美子の豪華な結婚式。桑田佳祐や吉川晃司、アン・ルイスが登場

出会ってすぐに交際に発展し、結婚に踏み切った山下久美子さんと布袋寅泰さん。

婚約は1985年の12月、布袋さんが広尾のバーで山下さんに「結婚しようか」とプロポーズ、この時のことを山下さんは「私が(向こうに)言わせた」と語っています。

布袋さんは12月24日のBOOWYのコンサート、山下さんは12月26日に自分のコンサートそれぞれ結婚を発表しました。

結婚は布袋さんが23歳で山下さんが27歳の頃でした。

挙式は1986年1月27日に六本木のフランシスカン・チャベルセンターで行われ、結婚式には山下久美子さんと親交のあるミュージシャンが集結し、とても豪華なメンツとなりました。

布袋さんは挙式のリハーサルから号泣し、本番では、

「緊張して心臓が止まっちゃうかなと思ったんだけど、ちゃんと俺が彼女のことを愛してる気持ちが心臓を止めなかったみたい」

とコメント。

アン・ルイス、吉川晃司、大沢誉志幸、桑田佳祐さんらが登場し、豪華な演奏会があったそうです。

当時、二人の結婚には100人を超える報道陣が駆け付けるなど、2人の結婚式はとても注目されました。

山下さんは、

「すごい幸せだし、言葉にならないからその分、涙でグショグショになってしまって」「彼ことはすごい好きだし、赤い糸的なものを感じるし、これが一番自然なんだろうなという気がします」

とコメント。

しかし、当時は有名シンガーと無名ギタリストという格差のある立場から、一部ではヒモだの格差結婚だの専業主夫だの、心無い言葉もありました。

そんな悔しい世間の声があったからこそ、結婚後のミュージシャンとしての急成長に繋がったのです。

布袋寅泰と山下久美子の結婚生活。衣装の露出や元カレを巡って喧嘩。BOOWYのブレイクでバランスを崩す

出会った同年に婚約し、翌年の1月には結婚した布袋さんと山下久美子さん。

格差結婚と言われた2人の結婚生活は波乱に満ちていました。

  • 夫婦揃って一晩で強いボトル1本を開けてしまう
  • 久美子さんは朝ごはんを作れない
  • 布袋さん所属のBOOWYがブレイクし力関係が揺らぐ
  • 布袋さんが家事の協力ができなくなっていく

元々、2人ともに若くイケイケだったということで、普通の新婚生活のような落ち着きはなく、ロックスターのカップルらしい不健康な日常となっていました。

2人のバランスを崩したのは、布袋さんが加入していたBOOWYのブレイクです。

BOOWYの人気が火が付いてからは、「布袋に敵わない」と立場が逆転し、サポートの布袋さん目当てのBOOWYファンが山下さんのライブに駆けつける始末。

後に山下さんは自伝で複雑な心境に陥っていたことを明かしています。

布袋と山下夫婦が殴り合いの喧嘩。吉川晃司夫妻が仲介

不安定な新婚生活を送っていた布袋さんと山下さん。

ある週刊誌では、当時の布袋さんが山下さんの元彼を巡って山下さんと殴り合いの喧嘩をしたという逸話を紹介していました。

特に若い彼に至っては、嫉妬心においても尋常ではなかった「レッドシューズ」で呑んでいたときに、昔のボーイフレンドが入ってきたというだけで喧嘩になったり、たまたま居合わせた吉川が仲裁に入ると、今度は彼らが殴り合いを始めたりする始末だった。などの目撃情報もありました。

なんとも、バンドマン御用達のバー「レッドシューズ」で夫婦で飲んでいた際に、店内に山下さんの元カレが来店し布袋さんが嫉妬から大喧嘩になってしまったとのこと。

居合わせた吉川晃司さんが仲裁するも、2人が殴り合いを始めるなどカオスだったそうです。

バーでの殴り合い以外にも、布袋さんがマンションの6階から服を全部投げ捨て、自身も服を脱いで飛び降りようとした事件も有名です。

元々、普段から布袋さんは山下さんの露出の多い衣装に苦言を呈すなど、若さゆえの嫉妬心もすごかったそうです。

結婚生活を立て直そうと活動休止するも布袋が親友・今井美樹と不倫関係となり離婚

1987年にはBOOWYが解散し、1988年に山下さんは2年間活動休止を発表。

山下さん活動休止後に料理に精を出したり、愛犬を飼ったり、子作りをしようとしたり、色々と頑張って結婚生活を立て直そうと励みました

この間、布袋さんはCOMPLEXなどで順調にキャリアを積み重ねていき、活動休止していた山下さんとの家庭内の立場は明確に差が付きます

1991年に山下さんが活動を再開する頃、布袋さんはイギリスに渡ることが増え、夫婦生活の溝はさらに深まりました。

1994年に布袋さんの一声で南青山に地下スタジオ付きの自宅を建て、1995年から同居しますが1997年には離婚

離婚の原因は立場の逆転や私生活のすれ違い以外にも、現在の布袋のさんの嫁・今井美樹さんの略奪愛があったからだとされます。

山下久美子と今井美樹は親友だったが楽曲提供を機に布袋を略奪される

今井美樹さんと山下久美子さんの出会いは、山下さんのサポートドラムです。

なんとも、山下さんのサポートメンバーのドラムの方が今井美樹さんと交際しており、その縁で急接近。

初対面の頃は今井さんは山下さんに憧れて姉弟関係に、そして次第になんでも話し合える親友になったのです。

夫婦で今井美樹さんとの親交が深まり、1992年に布袋さんが今井美樹さんに「fllow into space」を提供

布袋さんが今井美樹さんに楽曲提供を始めた頃から関係が怪しくなり、やがて二人は不倫関係に。

ある飲み会ではイチャイチャする布袋さんと山下さんに今井美樹さんが怒って帰ってしまうという一幕もあったそう。

「お疲れさまーっ」私は努めて明るい声で言うと、彼の横に座った。けれども、それはもともとふたりがいた空間に、違う人が入り込んでいったかのような雰囲気で、何とも妙だった。

なぜ、私はこんなことを感じているのだろう?突然彼が「さっきステージで指を折っちゃったかもしれないんだ」と、私の前に指を差し出した。

どことなく甘える仕草で。「どの指?」と私は手に触れた。そのときだった。

彼女が少し苛立った感じで「私 途中下車しまーすっ!」と言ったのは。え?途中下車って何っ!?言葉の意味を理解するのに、数秒かかった。事態は思ったより深刻だったことに気付いた。

今井美樹さんは布袋さんへの気持ちを隠す気もなくあからさまで、2人の不倫は周知の事実となっていたのです。

ある日、山下さんが布袋さんに今井美樹さんことが「好きか?」と聞くと、布袋さんは普通に今井さんを「好きだよ」と答えたそうです。

今井美樹の嫌がらせ。電話と離婚届の投函

離婚する晩年には夫婦仲はほぼ崩壊しており、布袋さんが山下さんが待つ家に帰らず今井さんの家に行ってしまうことも珍しくなかったそう。

ある日、夫婦で暮らし家に今井さんが電話がかかり電話に出ると、今井さんが「(布袋)彼いる?」と聞き、山下さんが「いない」と答えると、今井さんが「あ、今シャワーだ(布袋が)」と言って切ったことも。

ある時は自宅のポストに離婚届が投函されていたこともあったそうです。

山下さんが布袋さんを完全に諦めたのは、1996年に今井美樹さんの代表曲「PRIDE」を布袋さんの自宅の地下スタジオで一緒に作り上げヒットさせた頃。

山下さんは自宅にあった完成したばかりの「PRIDE」のデモを聴いて、すでに2人の間に干渉できない絆が芽生えてることに気付き離婚を覚悟したそうです。

離婚後の現在。慰謝料は豪邸のみ。今でも山下久美子は布袋寅泰を誇りに思っている

1997年に離婚した山下久美子さんと布袋寅泰さん。

散々な不倫に苦しめられて離婚しただけに、布袋さんから山下久美子さんに相当な慰謝料が支払われたと思われますが、実際は財産分与だけで済んだそうです。

なんとも、離婚する際に山下さんが1994年に南青山に建てたスタジオ付きの自宅を「この家が好きなの。この家をくれたら他に何もいらない」として、物件のみで慰謝料を取らなかったのです。

蓋を開けてみれば、不倫が発覚してから離婚するまでに長い時間があり、2人は最後まで、「布袋くん」「久美ちゃん」の呼び名は変わず。

山下さんの布袋さんへの愛情の深さが伺えます。

離婚する前年1996年に憧れの”デヴィッド・ボウイ”が来日し、布袋さんがオープニングアクトを務めました。

夫婦仲は破綻していましたが、布袋さんがデヴィッド・ボウイと共演したことを誇らしく想い、自分のことのように嬉しかったそうです。

山下さんの後のインタビューで、

「たとえ、彼に好きな人ができたとしても。憎めたなら、どんなに楽だったか」

と回想してます。

山下久美子さんは最後の最後まで布袋さんのことを憎むことができなかったそうです。

現在の山下久美子は双子の母でシングルマザー

1997年に山下さんは布袋さんと離婚し、3年後の2000年に別の男性との間の子供を出産しています。

子供は双子の女の子で過去にメディアでも紹介していました。

名前は「ひかる」と「あかね」で、すでに成人してます。

子供たちのお父さんとは入籍しておらず、山下さんがシングルマザーとして育てたそうです。

相手の男性とは布袋さんと分かれたあとに再会した古い友人で、相手のアプローチから交際が始まり、妊娠したそうです。

結婚するのに適した男性ではあったみたいですが、山下さん自らの判断で結婚はせず、あえてのシングルマザーの道を選んだそうです。

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