35歳の若さで亡くなってしまった舞台俳優で歌手の神田沙也加さん。
2021年12月18日にホテルの宿泊してる部屋の窓から自ら飛び降り、外傷性ショックで亡くなりました。
亡くなって長い歳月が経った今でも、神田さんの死は悔やまれ、時よりセンセーショナルな話題として取り上げられます。
今日は神田沙也加さんが亡くなった当時の状況と、当時交際していた俳優・前山剛久さんとのやり取りなどに関して書いてみたいと思います。
目次
神田沙也加と前山剛久の馴れ初めは舞台共演。親に挨拶し指輪も購入し婚約していた
神田沙也加さんと前山剛久さんは以前から顔見知りの知人でした。
2人の仲が急接近したのは、2021年8月に共演したミュージカル「王家の紋章」です。

当初、前山さんは元アイドルの小島みゆさんと交際しており、すぐに神田沙也加さんと交際とはなりませんでした。

舞台が始まってから1ヶ月後の2021年に9月に前山さんは小島さんと破局。
そして、入れ替わるように神田沙也加さんとの真剣交際が始りました。
交際後、2021年11月にも神田沙也加さんと前山さんは舞台「マイ・フェア・レディ」で再共演。
何かと縁のある巡り合わせに、2人の仲はどんどん深まり、結婚を意識するようになります。
神田沙也加は前山剛久の親に挨拶し母から「家族になれるのが楽しみ」と言われていた
2度目の共演で公私共に支え合う仲となった神田沙也加さんと前山剛久さん。
再共演後には神田沙也加さんは前山剛久さんの実家に行き、挨拶まで済ませました。
神田さんは前山さんの母親を前に自身の生い立ちなどを涙ながらに語り、前山さんの親は優しく話を聞いてくれたそう。
そして、前山さんの母からは「家族になれるのが楽しみ」とまで言われました。
11月には前山さんがティファニーの140万する指輪を購入し神田さんと婚約。

結婚まで死角なしだと思われ、亡くなった際には婚約をしていたことが強調されて報道されました。
物件を巡って揉めて誓約書にサイン。元カノ・小島みゆとのLINE
2021年11月には婚約を果たし、一緒にディズニーデートが目撃されるなどラブラブだった神田沙也加さんと前山さん。

その一方で、2人は一緒に住む物件探しを始めますが、こちらは難航したようです。
芝浦の物件は契約段階で破棄、勝どきの物件はお気に入りで本命でしたが契約に至らず、一度は代官山に決まり神田さんが先に住みますが、合わずに他を探すことに。
前山さんは神田さんの前の彼女(小島みゆ)とは同棲だった為、破局の住居は不安定で、早く住める場所が必要だった為か、先に御茶ノ水の物件を契約。
後に前山さんが契約した御茶ノ水の物件を巡って大揉めします。
前山が元カノとの連絡を絶たず誓約書が作成される
同棲先が決まられず、神田さんと前山さんの仲は険悪になった頃、前山さんが元カノとの連絡を絶っていない事が発覚。
その事が絡んでか、前山さんは12月4日は神田さん側が作成した誓約書にサインすることとなります。
神田さんが前山さんに誓わせた誓約書の内容は、
- 元カノとの連絡を一切断つ
- 神田沙也加さんを傷つけた場合、メンタル全快まで付き添う。
- 子供が産まれた場合離婚せず父親としての責任を果たす。
との内容でした。
前山剛久と元カノ・小島とのLINE流出。御茶ノ水の物件が近所だった事が発覚
神田沙也加さんの死後、神田さんの友人が週刊誌に神田さんが撮影したであろう前山さんと元カノのLINE写真を提供しました。

前山:「みゆ、お疲れ! 神田さんと整理つけるのに、バタバタしてた テレビ台とかの組み立てどうなった?」
小島:「結局どうなったの?」
小島:「バカくそ重たくて玄関から運べない」
前山:「なんとか別れたよ!笑 もうすぐ御茶ノ水に引っ越すから、手伝うよ」
LINEにテレビ台に関する話題が出ていますが、実は12月10日に小島さんは自身のSNSにテレビ台が届くも重たくて動かせないとの投稿をしていました。

前山さんが手伝いに行こうとしてることからも、前山さんが契約した御茶ノ水の物件は、元カノ・小島さんの自宅から近い事が明らかになり、これを知った神田さんが情趣不安定になった事が伺えます。
LINEの内容にある通りに12月10日の時点で2人は破局していたことも分かっています。
別れていたものの、12月4日にサインした誓約書通りに、前山さんは別れた後も神田さんのメンタルが全快になるまで寄り添うことになり、以降も近しい関係は続きます。
北海道に渡る前の神田沙也加の自宅で大喧嘩。有名な罵声音声
12月の中旬から2人は共演中の舞台「フェアレディ」の北海道公演が控えていました。
北海道に渡る直近の12月15日、前山さんは沙也加さんの代官山の自宅に宿泊。
そこで例の罵倒音声の会話がありました。※音声は死後に週刊誌が報道
沙也加:「じゃあ、1週間で引き払うってこと言ってんの?」※御茶ノ水の物件
前山:「うん」
沙也加:「マイフェア(が終わるまで)までって、あと1ヶ月しかないにの?」
前山:「うん」
沙也加:「そんなことしないでしょう」
前山:「1週間で引き払わせて、じゃあ」
沙也加:「でも自分が決めてきたところ、
1ヶ月で引き払わないでしょ」 前山:「引き払うって!
なんで俺のこと信じないの、そうやって!おい!」 沙也加:「怒鳴らないで」
前山:「死ねよ、もう。めんどくせぇな」
沙也加:「『死ね』って言わないで」「死んだらどうなの?」
前山:「ん?別に」
沙也加:「なんとも思わないの?」
前山:「うん」
沙也加:「せいせいする?」
前山:「うん。お前しつこいんだもん」
沙也加:「死⚪︎って言わないで、叩きなよ、じゃあ。殺すぞとか死ねとかって言うんだったら、それで言うこと聞かせればいいじゃん、それで」
前山:「そんなことしないよ。殴ったら、だって俺悪くなるじゃん」
沙也加:「そんなこと言ったって、死ねって言ったって殺すぞって言ったって同じだよ」
前山:「いいじゃん、
もう死⚪︎ば。みんな喜ぶんじゃない?」 沙也加:「私が死⚪︎だら?」
前山:「うん」
沙也加:「なんでそんなことが言えるの?みんなに嫌われてるってこと?」
前山:「うん」
沙也加:「ねえ、そんな酷いこと言わないでお願いだから。『大好きだ』
って、『こんなに合う人いない』 って言ったから付いてきたんだよ」
会話の内容から、前山さんが契約した御茶ノ水の物件を巡って揉めていることが分かります。
すぐに御茶ノ水の部屋を引き払って欲しい神田さんに前山さんは1週間で引き払うと約束しようとしますが、神田さんに信用されず、前山さんは激怒。
この会話の手前、前山さんは予定されていたボイストレーニングに持っていくスーツケースを神田さんに取られ、そのストレスもあっての会話でした。
ヤケになった前山さんが現代病を患っている神田さんに対して「死⚪︎」とキツい言葉を投げかけてしまいます。
神田さんの死後、この罵声音声が週刊誌によって報じられたことで、前山さんを全面的に責める声が相次ぎ活動休止に追いやれることになります。
翌日にはマネージャーを介して復縁
12月15日に大喧嘩した神田さんと前山さんですが、翌日の16日の午前には神田さんのマネージャーを介して話し合いとなりました。
神田さんのメンタルケアのことだけではなく、今後も続く共演舞台への影響を懸念しての話し合いだったと思われます。
マネジャーを含めた話し合いの中で、前山さんは「これまで通りに交際を続け、沙也加のことを見つめ直す」と思い直し、『付き合い立ての頃を思い出そう』と前進。
結局は誓約書のメンタルケアの件だけではなく、ちゃんと復縁までするとのことで話はまとまりました。
神田沙也加の自死の原因。北海道に発つも薬を忘れる。喉の手術が追い打ち
神田沙也加さんは前山さんとの復縁を遂げ、12月16日の夜に北海道に向かいます。
北海道に到着すると、神田さんは普段から服用してる薬を都内に忘れ動揺します。
さらに、到着した日の夜に前山さんとホテルの近所のドンキで雑貨品を購入し、その後に前山さんが部屋に来る約束をしますが、前山さんは来てくれませんでした。
神田さんは北海道に来て早々に、メンタル的にかなりキツかった事が伺えます。
舞台稽古で喉の手術が必要な診断書を見て食事会を欠席
さらに、神田さんは翌日17日の舞台稽古で、以前に喉の調子悪くて受けていた病院の診断書を貰います。
診断書には”喉の手術が必要”と書かれており、神田さんは「歌えなくなったらどうしよう」とかなり落ち込んだそうです。
神田さんは残りの舞台のこともそうですが、翌年には「銀河鉄道」のメーテル役が決定しており、手術をするタイミングとしては最悪でした。

特に「銀河鉄道」はメディアでも大きく報道された期待作であり、神田沙也加さんのメーテル役はヴィジュアルが登場した時点で大好評でした。
アナ雪以来のキャリアップの大チャンスであった為に、神田さんのメンタルは相当にダメージを受けていたことが想像できます。
手術が必要との診断結果を受け取った夜の舞台仲間らとの食事会には体調不良を理由に顔を出さず、仲間たちが最後に神田さんと会ったのはこの日が最後でした。
神田沙也加の遺書(置き書き)には仕事の不安
神田沙也加さんは2021年12月18日の10時頃、3日後の12月21日に誕生日を迎える父・神田正輝さんに祝福の電話をしたのを最後に自死しました。
宿泊していたホテルの23階の部屋の窓から落ち、発見された神田さんの体には雪が積もっていました。
死因は外傷性ショックでした。
部屋には遺書らしい遺書は見つからず、代わりに恋人の前山さんと事務所に宛てた置き書きが2通残されていました。
神田沙也加の置き書き(遺書)の内容。全文は非公開?
部屋に2通の置き書きを残して死去した神田沙也加さん。
前山さんに宛てた置き書きには、他の女性に目が向いていてショックだったことや、望むような女性になれなくても申し訳ないとの謝罪があったそう。
その他には、

- 女性に強い言葉は使っちゃダメだよ
- 一緒に勝どきに住みたかった
- 2人で仲良く、子供を生んで育てたかったです。
- 心から愛してるよ。
と、一緒に将来幸せになりたかった無念と、最後まで前山さんのことを愛していたとの気持ちが綴られていました。
事務所に宛てた置き書きには、喉の不調と仕事の不安、または愛犬との死別など私生活での悩みなどが綴られていました。
ただ、週刊誌に報じられた置き書きは全文ではなく、現在の時点では全てを見ることは困難です。
もしかしたら、神田さんの死の原因が分かる記述があるかもしれませんね。
神田沙也加の死の原因は結婚や恋の悩みだけじゃないかった?
神田沙也加さんが亡くなって以降、週刊誌からは生前に交際していた前山さんからの罵声音声や、前山さんが元カノと楽しげにLINEしていたスクショが載りました。
世間的には神田沙也加さんの自死と前山さんは密接な関係にあると見られています。
しかし、北海道に常用している薬を忘れてしまっていたこと、喉の手術が必要となり不安が煽られたことなど、神田さんを限界に追い込んだ要因は多くあります。
前山さんとの関係が揺らいでしまったことが神田さんを情趣不安定にされた大きな理由であったにせよ、その他にも愛犬との死別など不幸が重なっていた事も事実です。