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首藤義勝の出身中学・高校・大学。身長や血液型など(プロフィール)KEYTALKのヒットメーカーである義勝さん。

ぶっ飛んだテンションの多いKEYTALKですが、巨匠さんと義勝さんに限っては落ち着いた一面もあり、比較的に大人に見えるときがあります。

あれだけのヒット曲をガンガン作れるのだから、クリエイティブな部分も強く、頭もそれなりに良いと考えられます。

これまで義勝さんがどんな環境で、どのようにして育ってきたのか知りたいです。親孝行な一面もあるので家庭環境には恵まれてたのかな?とか、思うところはたくさんあります。

義勝さんの経歴やステータスを分かる範囲で振り返ってみたいと思います。

義勝さんのプロフィール(身長・血液型)

名前:首藤義勝(しゅとう よしかつ)

出身地:埼玉県狭山市

人口が県内で11番目に多い市です。

生年月日:1989年2月19日

メンバーとは同世代ですが、生まれたのは一番遅いです。

血液型:A型

かつてKEYTALKの曲に「A型」という曲がありました。作詞作曲は巨匠ですが彼もA型です。(ギターの武正さんもA型です)

家族:父母、弟、妹。

可愛い顔に似合わず長男です。「FLOWER」という曲は家族愛を歌っております。

身長:168センチ以下

メンバーの中で一番身長が低いのですが、具体的な数字が公表されていません。

メンバーの中で2番目に小さい八木さんが168センチなので、それよりも低いと考えれば大体分かります。個人的には166センチぐらいだと考えています。

体重:間違いなく50キロ代前半

メンバーの中でも義勝さんは細い方です。レディースの服もサラッと着れそうな華奢な体をしてます。

身長が166センチぐらいだと憶測するのであれば、体重は間違いなく50キロ代前半。ツアーで痩せる時があるならば40キロ代に突入することも考えられます。

義勝の学歴(出身中学・高校・大学専門)

出身中学:不明

中学時代の部活は野球部だったそうです。野球は小学生の頃から続けていたそうです。

当時、テレビで流行っていた「ハモネプ」に影響されて、友人たちとボイパのグループを作ったそうです。かなり活動的な子供だったんですね。

中学時代に野球の仲間でバンドを始めたいと話し、本格的にベースを始めたそうです。

初めて買ったベースは青色の安物だったそうです。

最初はギター志望だったみたいですが、難しく諦めてベースにしたそうです。ベースも基礎は学ばず独学でコピーばかりして腕を磨いたそうです。(スピッツやミスチル)

初めてのライブは老人ホームだったそうです。その後は卒業生を送る会のようなところでも演奏されたそうです。中学時代ですでに人前で演奏してたなんてすごいですね!

高校時代に始めたバイト(ファーストフード)では中学時代の友達と一緒だったそうです。友達との縁を大切にする意味で、義勝さんは現在も昔も変わらないですね。

出身高校:埼玉県立所沢高等学校

入部した軽音楽部には100人ぐらいの部員がいたそうですが、ほとんどが幽霊部員で、しかもベースは義勝さんだけだったみたいです。当時、いろんな人からベースとしてこき使われた事で色んな曲をコピーして腕を磨けたとか。

この頃に中学時代の青の安物ベースから赤色のベースに乗り換えたみたいです。その後にプレシジョンベースを買ったそうです。

10以上のバンドを掛け持ちして、文化祭の頃には100曲以上を覚えて演奏させられたとか・・・笑(その時の独自の覚え方が現在のKEYTALKでの作曲活動に役立ってるみたいです)

高校生の頃にコピーした曲のジャンルは凄まじいです、エルレや大黒摩季など本人の趣味だけでなく友人たちの希望でコピーした曲ばかりだったとか。

高校時代はサマソニでオアシスのライブを観たそうです。その時に買ったとされるサマソニTシャツはKEYTALKで活動してる際にも着てましたね!

高校時代のバイトは、ファーストフード(半年でやめた)、スーパー(こちらも半年でばっくれ)、と長く続かなかったそうです。

高校2年の頃にライブハウスで現在のメンバーの武正さんと八木氏に出会ったそうです。2人共、義勝さんのベーススキルに驚いたそうです。3年まで再び顔を会わせることはなかったそうですが、3年の12月の終わりのライブで再会し、そこで3人でバンドを組むことを決めたのです。

出身大学(専門):日本工学院ミュージックカレッジ・音響芸術科(エンジニア専攻)

当時の義勝さんは音楽の裏側の仕事に関心があったそうです。独学でベースを学んできた背景から、人から演奏を学ぶよりも学校でしか学べない音楽の専門技術を学びたいと思ったからだそうです。

この専門学校に進学する理由を見ても、実は要領が良くて賢い学生だったのが伺えます。

バイトは漫画喫茶のバイトをしており、そのバイトは高校時代にばっくれたバイトと違って2年働けたそうです。このバイトはKEYTALKとして活動してる期間まで続けてたそうです。

19歳の頃に現在のメンバーたちと色んな事務者などにテープを送るようになったそうです。

インディーズでCDをリリースする時期に、本命ボーカルだった巨匠さんがポリープで歌えなくなり、義勝さんが歌うようになったそうです。ここで現在のダブルボーカルが誕生してたわけです。

学生時代の義勝さんを振り返ってみて

本当はギターが弾きたかったけど難しいからベースにした。

高校時代の軽音部では、自分以外にベースがいなかったので色んな曲をコピーさせられた。

専門時代は、巨匠のポリープの影響でボーカルをやらされた。

義勝さんの経歴を見てると「転がってきた話」が多く、現在の義勝さんを作ったのは10代で起こった「妥協や試練の連続」です。

自分の思い通りにならないことでも、自然に体を委ねて来たんだなと。(やられ放題のゆるキャラみたいですね)

バイトはバックれてばっかでも、音楽からだけは逃げて来なかった青春なんだと思うと、なんだかグッと来ますね!

きっと、KEYTALKで売れた後も嫌なことがたくさんあったと思います。(現在も作詞作曲のプレッシャーと戦っていることでしょう)

悪い流れも功を奏することが多い義勝さんがいるということで、今後もKEYTALKは良い方向に進むのではないか?と期待が持てます。

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