ラッドウィンプスのボーカル・野田洋次郎さんといえば、斜め上をいった思想を持ち、独自の哲学を強く持って生きてる方です。
野田洋次郎さんの作る楽曲も、歌詞の音の乗せ方、または歌詞の並びが韻を踏んでいたり、文字遊びのセンスが凄まじく天才的です。
本人のもともと持ってる感覚も優れてると思いますが、子供の頃から青春時代までに勉学を頑張っていた恩恵も強いと思われます。
進学校の神奈川桐蔭学園にて、2000人中20位を記録し、先生に東大受験をごり押しされたエピソードは有名ですね!
結果的にバンドに熱中するあまり、東大ではなくて慶應に進むことになりましたが、その時頭の良さは東大生と引けを取りません。
そんな野田洋次郎さんですが、実は学生時代に受けていた授業の中、あまり意味が分からないと感じていた授業があったそうです。
大きな意味で、意味のないことでも学ばないといけない時を乗り越える意味で、存在そのものは否定していないようです。
野田洋次郎さんが問題提議されたのは、「漢文」の授業のことですね。
目次
野田洋次郎に漢文の授業について問題提議
野田洋次郎さんは2019年10月6日の深夜帯、ツイッターにて漢文の授業の存在意義に対して疑問を唱えました。
深夜は思想が深くなりがちですが、野田洋次郎さんの場合の切り出すことは朝から読んでも恥ずかしくないほどに感心する内容が多いです。
ツイッターではファンと疑問を投げ合い、互いに学び合って納得して締まるという、馴染みの”ファンとの学びのコミニュケーション”を完結させていました。
RADWIMPS・野田洋次郎(34)がTwitterで漢文の授業について問題提起をした。ツイートは大きな反響を呼び、野田のもとにはそれぞれの考える“漢文授業の意義”が届いている。
同日、Twitterで《漢文の授業ってまだあるの?》と切り出した野田は《あれって本当意味がないと思うんだけど、なぜいまだにあるんだろう》と続けた。さらにこう、疑問点を挙げた。
《普通に中国語で読める漢文を教えてほしかった。レ点とか一二点とか使って無理に日本語で訓読できるようにすることにどれだけ意味があるんだろう》
そして《受験や試験のための科目な印象。前時代的に感じる》とつづっている。
またファンらとのやりとりのなかで野田は、漢文を学ぶことについて《訓読の勉強ってことか。中国語で中国語の古典を読めるようにそのまま教えてほしかった。訓読はできるから》《ひらがなもカタカナも日本語のすべては中国語が大元になっているが故に、英語よりもまずその源となる言語を知ることはとても大事だと思うのです。ただ、その方法論がなんか自分にはしっくりこないという感じ》と持論を展開している。引用元:Yahoo!ニュース
日本語の起源を知る意味では必要な漢文。
しかし、そうだとしたら、今の漢文は分かりにくくて遠回りなのではないか?というのが野田洋次郎さんの意見ですね。
野田洋次郎の漢文に関するツイート
漢文の授業ってまだあるの?
あれって本当意味がないと思うんだけど、なぜいまだにあるんだろう。普通に中国語で読める漢文を教えてほしかった。レ点とか一二点とか使って無理に日本語で訓読できるようにすることにどれだけ意味があるんだろう。受験や試験のための科目な印象。前時代的に感じる。
昼夜逆転気味
腹減動面倒臭
なるほど。
ひらがなもカタカナも日本語のすべては中国語が大元になっているが故に、英語よりもまずその源となる言語を知ることはとても大事だと思うのです。ただ、その方法論がなんか自分にはしっくりこないという感じ。ただこの説明はとても理解。ありがとう。
リプライ「むしろ『中国語を学ばなくても中国の古典が日本語で学べる』から意味があるのではないでしょうか…… 学ぶ価値がある漢文を日本語しかわからない人にも伝えられるように、ってことだと思います。 後世に残していくために、漢文を日本語で読む法則を作り上げたのは、先人達の苦労の結晶です」
何が将来役立つか、何の意味があるか、この国の教育のあり方はそもそも正しいのか、疑問はきっと尽きないし学生の時僕も色んな葛藤がありました。でも「やれるだけやってみた」という経験は間違いなく価値があると思います。未だに受験の前の夢とかを見たりする。それくらい僕には大きな経験でした。
結果的に漢文は必要な存在と結論?
学生時代の疑問を大人になった今思い出したように語った野田氏。
結局はファンとの掛け合いの結果、
「やれるだけやってみた」という経験の恩恵を被るのには必要な存在だと締めました。
世の中には「必要悪」というものがあるというならば、「必要無駄」というものもきっとあるのでしょう。
野田氏のSNSなどでファン中心に呼びかける疑問は、毎回考えさせられて面白いですね。
ファンも一緒になって考えることができるという点、まるで共同作業をしてるようで楽しい体験ができます。
野田洋次郎はやっぱり天才だと思うが
野田洋次郎さんの頭の中がどうなっているのか、一度覗いてみたいですね。
大人らしい切り込みと、子供っぽい無邪気で素朴な感性と、ボギャブラリーが豊かです。
ただ、ある程度ファンとして彼を追って人からすると、世の中はあまりにも大げさに野田氏のことを天才だの、変わり者だの言い過ぎてるような気がします。
例えば、彼の英語力だって、帰国子女であれば普通のレベルなのに、まるでワンオクのタカさんみたいに努力だけでたどり着いたと思ってる人がいます。
野田洋次郎の英語力
もちろん、普通に大学まで英語を頑張ってた人と比べれば、野田洋次郎氏の英語力は凄まじいです。
でも、結局は子供の頃まで過ごしたアメリカでの生活が染み残ってるだけに過ぎません。
子供から青春期までトラウマの多い人生ではありますが、それだけ経験値が高いだけだと思います。
野田洋次郎さんが怖いという声を聞いたことがありますが、それは彼を天才だの変わり者だの言い過ぎてるから、変に誤解されてるんだなと感じました。
今回の漢文のように、物事1つの答えを導くのに、自分だけでなく人と語り合ったりしてスッキリさせるのが好きな方なのだと思います。
米津玄師さんが前に今の世の中にオリジナルというものはほぼ存在しないようなことを言ってましたが、まさにそれで、野田氏から生まれるものを大げさに捉え過ぎてる部分があると思います。