独自のセンスで令和初頭からブレイクした歌手のVaundy(バウンディ)さん。
売れ始めた頃は実は大学生でした。
オープンな性格で人柄も好かれるVaundyさんですが、実は本名は公表されていません。
今日はVaundyさんの芸名の由来と本名、そして学生時代のエピソードについて書いてみたいと思います。
目次
Vaundyの由来は「バウンド」。学歴の詳細は公表も本名は不明
Vaundyは2000年6月6日に東京都に生まれました。
Vaundyが音楽に興味を持つきっかけになったのは音楽に好きな家族の影響があり、2022年12月2日に発売された「音楽ナタリー」のインタビューでは、
母がジャズやハワイアンをクラブで歌っていたり、母方のおじいちゃんもジャズをやっていたりっていうのはあったんですけど、どちらもプロとかではなかったし、その影響というよりは、僕自身がもともともの作りが大好きで。
と、祖父と母親がジャズと深く関わっていたことから、子供の頃から音楽を潜在的なものとして見ていたそうです。
| 本名 | 非公開 |
| 芸名 | Vaundy |
| 出身地 | 東京都 |
| 生年月日 | 2000年6月6日 |
| 出身高校 | 東京都立郁文館高校 |
| 出身大学 | 日本大学芸術学部デザイン学科 |
| 影響 | Suchmos。サカナクション。Nulbarich。 |
Vaundyさんは幼少期から絵や歌などが好きで当時から才能を発揮。
それでも、最初から今のような歌声が良かったわけではなく、母親が日頃の生活から食べ物や会話、喉のトレーニング、食事中のBGMなどで鍛錬するなど努力の積み重ねの上で磨かれたそうです。
Vaundyさんは小学生の頃から「俺は歌手になる」「成人式にライブをやる」と周囲に宣言。
しかし、中学時代にはエレキギターを買うも苦戦し、それが後のボカロ制作への意欲に繋がったとされます。
Vaundyの由来は壁へのバウンド。本名は未公開
Vaundyの芸名の「Vaundy」の由来は、中学時代からのあだ名です。
なんとも、中学生の頃の健康診断の時、人とぶつかって壁に跳ね返ったことで、友人らに”バウンドボールみたい”と言われ、そこからバウンディというあだ名にたどり着いたそうです。
「Vaundy」という和製英語を使用しているのは、活動を始めた当初から海外進出も視野に入れてのことだったそうです。
しっかりと海外でも再生回数を稼いでいるのですから、当時からのブランディングが見事にハマっていますね!
Vaundyの下積み時代。学生時代にはプロ確約で大学在学中に紅白出場
Vaundyさんの天才的な才能は子供の頃から培われていたそうです。
幼少期から憧れていた仮面ライダーの変身ベルトや剣を自作して遊んでいたそう。
家の教育方針で、小学4年生ぐらいまでゲーム機を買ってもらえず、Vaundyさんは任天堂DSを段ボールで作tったり、チラシを丸めてガンプラを作るなどもしていたそうです。
ちなみに妹も絵の才能があることで知られ、顔にVaundyさんがSNSに誇らしげに妹の絵をアップしたことがあります。

なんとも、Vaundyさんは毎年の誕生日に妹から絵のプレゼントをもらっているそうで、兄弟仲も良好なようです。
Vaundyは高校時代から歌唱力の高さが有名だった

高校の学園祭ではVaundyさんがマイクを握ると、生徒たちは大盛り上がりだったそうです。
学生生活では授業中も積極的に発言したり、休み時間に人目を気にせずギターを弾いたり、かなりの自信家でした。
在学中にプロの契約が決まると、同級生に「将来安泰だわ」と喜んでいたそうです。
Vaundyは日本大学在学中にブレイクし紅白歌合戦にも出場
Vaundyは日本大学芸術学部デザイン学科に進学し、音楽だけではなくデザインの才能も磨きました。
大学生の頃には高校時代から通っている音楽塾「ヴォイス」のロゴを制作を任されたこともありました。

Vaundyの制作した「ヴォイス」のロゴは、アルファベットが逆になっており、これは“多くのアーティストがここで育っていく”というメッセージが込められています。
Vaundyが大学生になった頃にはコロナ禍となっており、大学生らしい青春を送ることができず、かなり葛藤していたそうです。

その一方で音楽的評価は上がっていき、若者の間では知らない子の方が少ないぐらいの人気アーティストとなりました。
まだ日本大学に在学していた2022年には紅白歌合戦に出場。
大学を卒業するまでに数々のヒット曲を記録し、さらには大型ツアーを成功させるなど、確固たる地位を確立させました。